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映画『キートンの探偵学入門』解説&感想 見どころ満載のキートンの代表作!

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どうも、たきじです。

 

今回は映画『キートンの探偵学入門』の解説&感想です。映画黎明期の喜劇王バスター・キートンが監督・主演を務めた長編作品として第三作にあたる作品で、キートンの代表作の1つです。

 

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※作品の著作権保護期間は終了し、パブリックドメインとなっています。

 

作品情報

タイトル:キートンの探偵学入門

     忍術キートン(別題)

原題  :Sherlock Jr.

製作年 :1924年

製作国 :アメリカ

監督  :バスター・キートン

出演  :バスター・キートン

     キャスリン・マクガイア

     ジョー・キートン

     アーウィン・コネリー

     ワード・クレーン

     フォード・ウェスト

 上映時間:45分

 

あらすじ

小さな町の映画館で映写技師として働く(バスター・キートン)は、探偵に憧れ、探偵になるための本を愛読しています。この日も映画館の支配人(フォード・ウェスト)から、"事件の掃除(推理)の前に、映画館の掃除をしてくれ"と叱られてしまいます。


男はなけなしの1ドルで、憧れの(キャスリン・マクガイア)へのプレゼントを購入し、娘を訪ねます。ぎこちなくも娘の手を握る男でしたが、そこに恋敵となる色男(ワード・クレーン)が登場。彼は、娘の父親(ジョー・キートン)の懐中時計を盗んで質に入れ、そのお金で高価なプレゼントを買って娘にアプローチするのでした。


やがて娘の父親が盗難に気付いて大騒ぎ。男はここぞとばかりに探偵気取りで取り調べを始めますが、色男に嵌められて、自分が犯人にされてしまいます。


娘の父親から、二度と顔を見せるなと追い出された男は、失意の中、映写技師の仕事に戻ります。真珠泥像の映画が上映される中、男は映写室で居眠り。やがて夢の中の彼は、幽体離脱が如く居眠りする男の体から抜け出し、スクリーンの中に入っていきます。スクリーンの中で、男は世界一の名探偵シャーロックJr.として、真珠泥像に挑みます。

 

解説&感想(ネタバレあり)

センスのいいユーモアとスラップスティック

本作は、バスター・キートンの長編三作目となりますが、前二作より格段にクオリティが上がっています。まず、冒頭からセンスのいいユーモアとスラップスティックな笑いの連続です。

 

例えば冒頭、キートン演じる男が、ゴミの中から1ドル札を見つけるシーン。お金を探している3人の人物が入れ替わり立ち替わり現れて、男は毎度お金を渡してしまいます。このシーンでは、3人とのやりとりを通して男の性格(ちょっと足りないけれど、誠実さを持ち、少し臆病)を描写しつつ、ジェスチャーや表情、物語性によって笑いを生んでいます。サイレント映画のお手本のようなユーモアにして、映画のつかみのギャグとしても最高でした。

 

それから、私の一押しは、バナナの皮のシーン。色男に女を奪われて悔しがる男は、バナナの皮を剥いて床に仕掛け色男を呼びますが、色男は罠にかかりません。反対に、娘に駆け寄ろうとした男自身がバナナの皮で滑って転んでしまいます。


バナナの皮で滑って転ぶなんて古典的なギャグですが、この作品自体が古典ですから、当時は定番化する途上のギャグと言えるでしょう。調べてみると、本作の公開より9年早い1915年にチャールズ・チャップリンが短編映画『アルコール先生海水浴の巻』(別題『チャップリンの海水浴』)で見せたのが初めてのようです。


それ以来100年以上に渡って使い古されてきたギャグですが、これが本当に面白いのです。男がバナナの皮を仕掛けた時点で、最終的に彼自身が滑ってしまうのは読めるのですが、分かっていても笑ってしまうコケっぷりが見事です。


受け身を取りつつ背中から床に落ち、足をバタつかせながら起き上がる動きは名人芸!0.25倍速で繰り返し見てしまいましたよ(笑)。それで気付いたのですが、よく見るとキートンは皮を剥いたバナナの身を左手に持っていて、滑る時にこれを投げています。それがバナナの皮が蹴り上げられたように見えるのが意図的かどうかは別として、この天井に舞い上がるようなバナナの軌道が、このコケっぷりのダイナミックさを演出しているのは確かです。


スラップスティックを極めたこのワンシーンにはほんと感服します。シンプルなギャグたがらこそ、なおさらキートンのパフォーマンスと演出のすごさが際立ちます。このシーンだけでもぜひご覧下さい(9:30くらいから)。

 

最後に、個人的に一番笑ったのは、劇中劇の中で、キートン演じるシャーロックJr.を、悪役2人が暗殺しようとするシークエンス。ビリヤードの13番ボールを爆弾にすり替え、シャーロックに13番ボールを打たせることで爆死させようとしますが、シャーロックが何度ショットしても13番ボールにだけはかすりもしないのが可笑しくて可笑しくて!残りのボールが少なくなっても、13番ボールをカーブしてかわしたり、ジャンプしてかわしたり、とにかく当たりません(笑)

 

シャーロックのショットの様子を部屋の外から恐る恐る伺う悪役の執事が、状況をボスに伝える様子も面白い!ボールの動きをジェスチャーで伝える様子は、上記の"13番ボールにだけかすりもしない"という笑いの反復になって、さらに笑いを増幅させてくれます。


この一連のシークエンスの笑いは現代のコメディでもそのまま演じられそうな笑いです。つまりは、理論的に完成された笑いということでしょう。


最終的にシャーロックは13番ボールをビリヤード台のポケットに落とし、颯爽と去っていきます。爆弾であることを見抜いて普通のボールとすり替えていたということです。カッコ良く決まったかと思ったら、爆弾の13番ボールをうっかり落としそうになるというオチも見事です(この時の動きも、さすがキートン)。

 

驚きの演出とアクション

笑いだけでなくあっと驚く演出やアクションを見られるのも本作のすごいところ。そしてそれ自体も笑いを生むのだから、何とも贅沢な作品です。


女性物の服の入ったケースにダイブして早着替えで強盗団を撒くシーンとか、シャーロックの助手が持つスーツケースにダイブして壁をすり抜けて追手を撒くシーンは、キートンの身体能力が生かされた、イリュージョン的な驚きの演出です。いずれのシーンもうまく強盗団の目を欺きますが、結局すぐに見つかって全速力で走って逃げるのがまた滑稽です。


また、列車の荷台を駆け抜けて給水塔に掴まって降りるシーンや、遮断機に掴まって屋上から悪役の車に飛び乗るシーンでは、キートンが命懸けのアクロバットを見せます。前者のシーンの撮影では、給水塔から激しく降り注ぐ水によって、キートンはレールに強く打ち付けられて負傷しています。彼は激しい頭痛の中で映画を撮り切りましたが、後に撮影したX線写真で、骨折が完治した跡が見つかったというのは彼の伝説の1つです。


アクションの最大の見せ場は、やはりクライマックスでしょう。強盗団から逃げてバイクのハンドル部分に座ったまま、行き交う自動車をすり抜け、真ん中が途切れた橋を越え、ダイナマイトによる粉塵を突破するなど、手に汗握るバイクスタントを笑いを交えてたっぷりと魅せてくれます。辿り着いたその先が、ちょうどヒロインが捕らえられた小屋で、バイクの勢いのまま悪役を蹴り倒してしまうというご都合主義にも笑ってしまいます。


そして、それに続くカーチェイス。例の爆弾の13番ボールを取り出して投げつけて悪役達を倒します。心地良い伏線回収です。


「本作はコメディなのに本格アクションを見せてくれる」。つい、こんな風に言ってしまいそうですが、キートンは最高のコメディと最高のアクションを開拓してきたことを考えると、"コメディなのに"という言い方は相応しくないのかもしれませんね。

 

映画の中の世界に飛び込む男

映画の半分以上が劇中劇(男の夢)という形で描かれることは、忘れてはならない本作の特徴の一つです。人が映画の中に入っていくという発想は、おそらく本作が初めてではないでしょうか?


最初に男がスクリーンに飛び込んだ時には、悪役によってスクリーンの外に投げ出されますが、誰もいないシーンの時に再度スクリーンに飛び込み、男は映画の中に入ることに成功します。その後は、車が行き交う道路や、崖、ライオンのいる草原など、シーンが連続的に切り替わり、男はこれに翻弄されます。


トリック撮影が多用されたこのシークエンスは、当時としては画期的だったと思われますが、現代では当たり前に使われるような表現ばかりなので、特別な驚きはなく、さほど面白いシーンではないです。そもそも宝石泥棒の映画だったのに、(本来はそこに存在しない男を除けば)風景が連続的に切り替わるだけの映像が急に始まるのはおかしな話です。


まあ、これが野暮なツッコミなのは分かっています。当時としては映画(劇中劇)のストーリーを無視してまで見せる価値のある"画期的で面白いシーン"だったものが、現代の感覚で見ると、ただの"ストーリーが脱線したシーン"になっているということです。


その後、男がシャーロックJr.に扮して活躍するシーンから俄然面白くなるのは、すでに述べた通りです。以降のシーンでは、現実世界の人物が映画の中のキャラクターに置き換わるのも面白いところ。男が憧れる娘とその父は、そのまま映画の中の父娘に、色男は強盗団のボスに、娘の父の雇い人は悪役の執事に、映画館の支配人はシャーロックの助手になっています。


男は映画の中で世界一の名探偵という設定で、実際に事件を解決する優秀な探偵なわけですが、現実世界のちょっと足りない感じのキャラクターがベースになっているのが絶妙です。個人的には、助手の変装に毎回気づかずに反応してしまうのがツボでした。


さて、男が映写室で夢から覚めると、男が犯人ではなかったことに気付いた娘が駆けつけます。娘に触れようとしつつもモジモジしてしまう男ですが、ふとスクリーンの映画に目をやると、主人公がヒロインと結ばれるシーン。映画を食い入るように見つめ、映画を真似て、娘の手を取り、甲にキスし、指輪をはめ、口付けします。次は?とスクリーンを見ると、場面は飛んで、2人が子供をあやすシーン。思わず男は頭をかきます。


いやー、毎度毎度キートン作品のラストシーンはおしゃれなユーモアで締めてくれます。"The Great Stone Face(偉大なる無表情)"と形容されるほど、キートンは常に無表情で、このラストシーンも無表情なのですが、頭をかく彼の仕草にはしっかり表情があり、思わずにんまりしてしまいます。


さらにこのラストシーンは、映画ファンなら特別な感慨もあるのではないでしょうか。私達は、大切なことはいつも映画が教えてくれることを知っています。『ニュー・シネマ・パラダイス』とか『カイロの紫のバラ』とかもそうですが、映画の素晴らしさが滲み出るラストシーン、好きだなぁ。

 

最後に

今回は映画『キートンの探偵学入門』の解説&感想でした。あまりに見どころの多い作品なので、ついダラダラと書いてしまいました。キートンの代表作の1つであり、キートン初心者にもおすすめしたい作品です。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!!
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