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映画『影武者』解説&感想 ダイナミックな黒澤演出で描く戦国時代

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どうも、たきじです。

 

今回は1980年公開の日米合作映画『影武者』の解説&感想です。黒澤明監督作品としては1975年公開の『デルス・ウザーラ』に続く作品。外国版のプロデューサーを『ゴッドファーザー』のフランシス・フォード・コッポラと『スター・ウォーズ』のジョージ・ルーカスが務めました。

 

作品情報

タイトル:影武者

製作年 :1980年

製作国 :日本、アメリカ

監督  :黒澤明

出演  :仲代達矢

     山﨑努

     萩原健一

     根津甚八

     油井昌由樹

     隆大介

     大滝秀治

     桃井かおり

     倍賞美津子

 上映時間:180分

 

解説&感想(ネタバレあり)

影武者の悲しい運命を描いた物語

処刑されかけていたところを武田信玄(仲代達矢)の影武者として拾われた盗人の(仲代達矢)は、信玄の死後、公の場で信玄として振る舞うことを求められます。そして対外的に信玄の死を隠すことで、武田氏は信玄の影響力を持ち続けるのです。


初対面の信玄に対し、「国を盗むために数え切れねぇほど人を殺した大泥棒」と毒を吐く男でしたが、信玄の威厳に圧倒され、面と向かっては言葉をぶつけることができません。そして、信玄が自分の価値を見出し立ち去った後には、頭を下げて見送ります。


このシーンにも表れているように、粗末な盗人であった男が、次第に信玄の影武者を立派に務め上げていく過程で、信玄への憧れや敬意が見え隠れするところがいいですね。一度は影武者を解任された男が、自ら家臣達に土下座して再任を頼み込むのも、信玄に報い、武田氏の危機を救いたいという想いからでしょう。


信玄が"お山"と呼ばれていた理由を"風林火山"の旗印の由来と共に聞いた影武者は、より信玄への憧れを増したように見えます。評定での「山は動かんぞ」や、高天神城攻めでの「動くな!」の台詞にもそれが表れています。


やがて影武者は、側室に偽物と見破られたことでお役御免となり、影武者を解任され、館を追い出されます。そして迎える長篠の戦い。男は、織田・徳川軍の鉄砲隊の前に武田軍の騎馬隊が壊滅する様を目の当たりにします。


男は居ても立っても居られず、無防備な姿で敵に突進するもあっけなく撃たれます。そして、瀕死の状態で目にした、川に沈んだ"風林火山"の旗印を拾おうと近づきますが、力尽き、川を流されていくのでした。


武田氏に拾われ、信玄に憧れを抱き、信玄に成り変わり、やがて滅亡へと向かう武田氏と共に命尽きる——。男の悲しい運命を描いた物語でした。


さて、この長篠の戦いのシークエンスは、滅亡へと向かう武田氏を描いた悲愴感たっぷりのシークエンスになっています。ただこのシークエンス、壊滅した騎馬隊を映すシーンが長すぎると感じるのは私だけでしょうか?地面に横たわる兵士や馬を映し、テーマ曲が"♪タタタターン"と流れるくだりが何度も繰り返され、「もうええわ!」って感じでした(笑)

 

痺れるオープニング

本作は黒澤明監督作品としては1975年の『デルス・ウザーラ』以来5年ぶりの作品。時代劇に限定すれば1965年の『赤ひげ』以来15年ぶり、アクション的な見せ場のあるものに限れば1962年の『椿三十郎』以来18年ぶりということになります。何が言いたいかと言うと、それだけ当時の観客にとっては待望の作品だっただろうということです。


それを踏まえた上で、本作のオープニング。固定カメラで6分超の長回し。画面に映るのは3人の武田信玄。すなわち本物の信玄、これまで信玄の影武者を務めてきた弟の武田信廉、処刑されかけていたところを信廉に拾われた、信玄に瓜二つの盗人です。


蝋燭でぼんやりとあかりが灯る一室で、同じ衣装で同じ顔の3人が会話を続けます。そして、

 

"この男よくぞずけずけと申した。使えるかもしれん。其の方に預ける"


信玄がそう言い残し、場を去ったところで画面いっぱいに「影武者」の文字が映し出されるタイトルバック。これには痺れましたね。"待望の作品"として当時このオープニングを目の当たりにしていたら尚更でしょう。


また、このタイトルバックに続く野田城のシーンにも触れておきたいところ。野田城の水の手を掘り当てたことを本陣に伝えるために、武田軍の伝令が城郭を駆け抜けるシーンです。本丸を攻め落とすため城郭内に詰めて休む兵士達が、伝令が駆け抜けるのを見て順々に起き上がります。


ここではドミノ倒しの逆再生のように兵士達が起き上がっていく演出が見事に決まっています。タイトルバックの前の"静"の演出に対し、"動"の演出でストーリーが動き出します。このシーンも併せて、素晴らしいオープニングと言えるでしょう。

 

黒澤演出のダイナミズム

長篠の戦いのシークエンスについて少し否定的なことも書きましたが、上記のオープニングを含め、全体として黒澤明監督の名演出は健在。


大勢のエキストラを動員した"数の迫力"や、望遠撮影によるスピード感溢れるアクションは黒澤映画ではお馴染みですが、本作でも随所で見ることができます。


また、影武者が家臣達の前に初めて現れるシーンに見られるように、幔幕が猛烈にはためくといった"風の演出"が効いています。『用心棒』のクライマックスで激しく砂煙を巻き上げる風を思い出しますね。


高天神城攻めにおける夜の戦のシーンではこれらのダイナミックな演出が結集されています。武田の騎馬隊は画面を埋め尽くすほどの数で、望遠撮影によるスピード感たっぷりに駆け抜けていきます。そして、風に激しくはためく旗印が迫力を生んでいます。画面が暗すぎることだけが惜しいところです。


また、本作において特に印象的な演出で言えば、随所で夕景を用いていることが挙げられます。武田軍の行軍シーンでの美しい夕景は特に素晴らしいです。この夕景は、信玄の死後に滅亡へと向かう武田氏を示唆していると見ることもできますね。


一方で、影武者が見る悪夢のシーンはちょっとチープでした。夢の幻想的な雰囲気を表現するために、あえて現実からは浮いた空間を作っていることは理解できるものの、セット感丸出しなのがね…

 

俳優陣の演技

本作の主演は、当初は勝新太郎が演じる予定でした。世界の黒澤と、日本を代表する映画スターの勝新太郎という夢の組み合わせでしたが、こだわりの強い2人は衝突し、勝新太郎の降板という結末となりました。


そして、『用心棒』や『椿三十郎』で黒澤映画に出演し、次作『』への出演が決まっていた仲代達矢が代役として抜擢されることとなりました。勝新太郎の影武者も見てみたかったところですが、仲代達矢の演技は素晴らしかったですね。信玄と影武者の二役を演じたわけですが、粗末な盗人が武田信玄になっていく様子を見事に演じていました。


個人的に好きなのは織田信長を演じた隆大介の演技。当時はまだまだ駆け出しながら、佇まいも表情も台詞回しも堂々たるもので、貫禄たっぷりに信長を演じていました。晩年は良くないことで名前を耳にすることになってしまったのは残念でしたが、それは抜きにして本作での演技は賞賛したいです。

 

城跡でのロケーション撮影

さて、私は城跡巡りが趣味の一つである城好き人間ですので、本作の撮影に使われた城跡についても紹介しておきましょう。


①姫路城

言わずと知れた世界文化遺産・姫路城(兵庫県姫路市)。国宝の天守を始め、多くの櫓、門、塀、石垣などが現存していて、日本の城跡としては最も往時の姿を残す城跡と言えるでしょう。


本作では、野田城(愛知県新城市)および岐阜城(岐阜県岐阜市)として撮影されています。


野田城としては、上述の"逆ドミノ倒し"のシーンや、家康が信玄を狙撃した兵士からその時の状況を聞くシーンで、城郭が使われています。

 

この写真の一画でロケが行われました(2015年4月撮影)。


岐阜城としては、信長の登場シーンで天守を背景に撮影が行われています(岐阜城と明言はされていませんが、時代設定から岐阜城と考えられます)。岐阜城は当時の信長の居城。当時の岐阜城に天守があったか否かは諸説あります。今日、私達が"城"と聞いて思い浮かべるような五重以上の大規模な天守は、信長が岐阜城の後に築城した安土城(滋賀県近江八幡市)が最初ですから、巨大な姫路城天守を岐阜城に見立てるというのは、やや過剰であることは確かですね。

 

信長初登場シーンが撮影された備前丸から見た天守(2015年4月撮影)。映画でも、ほぼ同じ角度から撮影された天守が映ります。

 

現在の岐阜城跡に建つ天守(2012年7月撮影)。信長の後の時代に建てられた御三階櫓の図面などを元に、昭和時代に建てられた鉄筋コンクリート造です。

 


②熊本城

国の特別史跡に指定されている熊本城(熊本県熊本市)。天守は西南戦争の際に焼失したため、昭和時代に鉄筋コンクリートで再建されたものですが、多くの櫓、門、塀が現存しています。そして、何より素晴らしい勇壮な石垣によって形成された大規模な城郭が、しっかりとその姿を現在に残しています。


本作では、姫路城と併せて野田城として撮影されています。熊本城天守の脇に現存している宇土櫓(重要文化財)が、野田城の天守に見立てられています。なお、実際の野田城には、天守はありませんでした。

 

現存する宇土櫓(2011年5月撮影)。こちらは平左衛門丸から撮影したものですが、映画ではこの反対側の石垣の下から撮影されていました。


③伊賀上野城

姫路城や熊本城に比べれば城跡としてのスケールは大きく劣るものの、石垣や堀が現存している伊賀上野城(三重県伊賀市)。石垣は、現存する城跡の中でも一、二を争う高さを誇ります。江戸時代初期に天守が建造されていましたが、建造中に倒壊しています。昭和時代に木造で再建されていますが、江戸時代の設計は考慮されていないオリジナルの設計となっています。


本作では、高天神城(静岡県掛川市)として撮影されています。石垣の下で激しい戦いが行われ、背景には天守の姿も見えます。なお、実際の高天神城には、天守はありませんでした。

 

④その他

エンドロールで"協力"としてクレジットされているのは、ロケーション撮影が行われた上記3つの城ですが、本作ではこれ以外にも城が登場します。彦根城(滋賀県彦根市)と松山城(愛媛県松山市)の天守の遠景がそれぞれワンショットだけ映ります。


シーンの最初に建物の遠景を映すことで、そのシーンの舞台を示す、いわゆるエスタブリッシング・ショットです。


現存12天守の一つである国宝・彦根城天守のショットは上杉謙信の登場するシーンの導入で使われています。劇中で明言はされませんが、上杉謙信の居城である春日山城(新潟県上越市)に見立てていると思われます。

 

少し角度は違いますが、この写真と同じく玄宮園側からのショットが使われています(2014年4月撮影)。


現存12天守の一つである重要文化財・松山城天守のショットは徳川家康の登場シーンの導入で使われています。劇中で明言はされませんが、当時の家康の居城である浜松城(静岡県浜松市)に見立てていると思われます。

 

映画ではもっと高い位置からのショットでしたが、この写真と同じ側からのショットが使われています(2013年8月撮影)。


なお、ここまで読んでいただいた方ならお察しの通り、実際の春日山城にも(当時の)浜松城にも天守はありませんでした。

 

家康より後の時代には天守がありましたが、その姿は現在では不明。昭和時代に建てられた鉄筋コンクリート造の天守は丸岡城がモデルとされています(2012年9月撮影)。

 

最後に

今回は映画『影武者』の解説&感想でした。全盛期の黒澤映画に比べれば物足りない部分はありつつも、ダイナミックな黒澤演出は随所で楽しめる作品。城好きとしては、様々な名城でのロケーション撮影も楽しめる一本でした。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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