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映画『ブレードランナー 2049』感想 35年を経て製作された続編

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どうも、たきじです。

 

今回は2017年公開のアメリカ映画『ブレードランナー 2049』の感想です。1982年公開の映画『ブレードランナー』から35年を経て製作された続編です。

 

 

↓ 前作の解説&感想はこちら

 

作品情報

タイトル:ブレードランナー 2049

原題  :Blade Runner 2049

製作年 :2017年

製作国 :アメリカ

監督  :ドゥニ・ヴィルヌーヴ

出演  :ライアン・ゴズリング
     ハリソン・フォード
     アナ・デ・アルマス
     シルヴィア・フークス
     ロビン・ライト
     マッケンジー・デイヴィス
     カーラ・ジュリ
     レニー・ジェームズ
     デイヴ・バウティスタ
     ジャレッド・レト

上映時間:163分

 

感想(ネタバレあり)

撮影、視覚効果、衣装、美術、それらによって形作られた独自の雰囲気は、前作同様に素晴らしいです。無国籍な繁華街の様子もしっかり再現されています。


前作では物語としての面白味に欠けましたが、本作はドラマ性が深みを増していて、物語としては前作より面白くなっている印象です。


前作でもレプリカントのアイデンティティに踏み込んだ部分はありましたが、本作はそれが物語の主題になっています。自分の記憶が本物か定かではない、自分はいったい何者なのか——。ここまでは前作でも見られた要素でしたが、本作では「自分は製造されたのではなく生まれたのかもしれない」という要素が加わっています。


主人公のK(ライアン・ゴズリング)は、調査を進めるうち、デッカード(ハリソン・フォード)とレイチェル(ショーン・ヤング)の間に生まれた子供は自分であることを悟ります。自分が幼い頃に隠した木馬が実際に見つかり、"記憶創造者"のステリン博士(カーラ・ジュリ)の鑑定により、その記憶も創られたものではなく本物の記憶であることが分かったからです。


しかし、やがて彼が辿り着いた真実は違いました。生まれた子が男児であるというのは痕跡を消すための策謀であり、実際には女児であった。つまり、あの記憶はステリン博士自身の記憶であり、ステリン博士こそが、レイチェルから生まれた女児であったということです。この展開は予想していなかったので、素直に感心しましたね。


自分の父親として意識していたデッカードは、Kにとって、誰でもなかった。それでも、Kは命を賭してデッカードを助けます。そして"人間らしく"死んでいく。この結末は胸に迫るものがありました。

 


本作のヒロインはKの恋人的な存在であるAIのジョイ(アナ・デ・アルマス)。とてもキュートで本作を彩っていますね。ただ、正直に言うと、序盤はKとジョイのシーンがやたらと冗長に感じられました。


が、映画が進むにつれて、彼女は物語においてとても重要な存在であることを理解しました。彼女もレプリカントと同じで人間のようで人間ではない存在。身体を持たぬ彼女は、娼婦(マッケンジー・デイヴィス)の身体を借りてKと愛し合うわけですが、娼婦からは「あんたの奥を覗いたけど、大した中身は無かった」なんて言われたりします。


自分も人間ではない存在ゆえに、Kの気持ちを理解し、あなたは特別だと励ます彼女は、本作においてこれ以上ないヒロインであることが分かります。


と、ここまで比較的好意的なことを述べてきましたが、本作をとても気に入ったかと言えばそうでもありません。


全体的にテンポが遅くて、冗長に感じられるシーンも少なくないので、映画がとても長く感じられました。Kとデッカードがやり合うシーンとか長くないですか?全編通して画面が暗いシーンも多いので少々眠くなってしまいました。

 

最後に

今回は映画『ブレードランナー 2049』の感想でした。前作の魅力はそのままに、ドラマ性を深めた続編ではありますが、もともと前作にも思い入れがないこともあって、今ひとつ乗り切れない作品でした。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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