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映画『ゼロ・グラビティ』解説&感想 映像表現だけに終わらない快作

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どうも、たきじです。

 

今回は2013年公開の映画『ゼロ・グラビティ』の解説&感想です。

 

 

作品情報

タイトル:ゼロ・グラビティ

原題  :Gravity

製作年 :2013年

製作国 :イギリス、アメリカ

監督  :アルフォンソ・キュアロン

出演  :サンドラ・ブロック

     ジョージ・クルーニー

上映時間:91分

 

解説&感想(ネタバレあり)

圧倒的な映像表現

本作の劇場公開当時、IMAX 3Dで本作を鑑賞しました。その時、映像表現も行くところまで行ったな、と感じたものです。気が付けば本作の公開から10年経とうとしているわけですが、今改めて観ても、本作で表現された宇宙には何一つ違和感がなく、当時の感覚に狂いは無かったと思うばかりです。


スクリーンに映し出される映像のそれ自体の美しさもさることながら、宇宙空間を自由に動き回るカメラワークにも目を奪われます。


アルフォンソ・キュアロン監督は、本作に先立つこと7年、2006年公開の『トゥモロー・ワールド』で映画ファンに衝撃を与える長回しの撮影を見せつけていますが、本作でも長回しを多用しています。冒頭の約20分ではほとんどカットを割らずに描かれています。


宇宙服のヘルメットをすり抜けて、ライアン(サンドラ・ブロック)の顔にクローズアップし、そこからシームレスにライアンの視点に繋がります。このようなCG時代ならではの長回しには痺れましたね。


こうした映像は、単なる技術の見せつけではなく、確実に観客に映像効果としての臨場感を届けています。


そういう意味で、長回しとIMAX 3Dは非常に親和性がありますね。これこそIMAX 3Dの真価ではないでしょうか。カットを割らずに描かれるその映像は、宇宙という空間に身を置いたことがなくとも、五感で伝わるであろう感覚をスクリーンを通して感じ取れるものになっています。

 


生きようともがく姿に感動

初見時には、それだけ映像に感動したわけですから、テレビで見直しても感動できるのかという懸念はありましたが、そこは心配いりませんでした。もちろん映像に対する感動は劣りますが、本作は映像以外の要素も優れていますからね。


私が本作で感動させられるのは、ライアンが生きようともがく姿です。彼女は、4歳だった娘を事故で失って以来、空虚な日々を送っており、何がなんでも地球に帰還しなければというモチベーションは持っていません。頼みの綱だったソユーズのエンジンが稼働しないことを受けて、彼女は一時は酸素供給を止めて、娘のところへ行こうとしていました。


それでも、最終的には生きていくことを選びます。マット(ジョージ・クルーニー)に励まされる幻覚を見たのも、彼女の潜在意識の中に、生きることへの渇望があったからでしょう。


理由はない。それでも生きる。生きたい。


その選択をして以降は、彼女が生きるために行動する姿に終始涙腺が緩んでいました。4歳の娘への伝言、懸命に中国の宇宙ステーションを目指す姿、意を決して大気圏に突入する姿。そのひとつひとつに彼女の強い意志が感じられて感動させられます(サンドラ・ブロックの演技も素晴らしい!)。


(注:唐突ですが『タイタニック』のネタバレがあります)


例えば『タイタニック』において、私が泣いてしまうのは、ジャックが死ぬシーンではありません。その後に、ローズが力尽きたジャックに別れを告げ、ひとり懸命に泳ぎ、力を振り絞って笛を吹き、助けを呼ぶシーンです。


人が死ぬシーンは悲しいですし、特にそれが自己犠牲を伴うようなものだと感動的であることは事実です。しかし、私は人が死ぬシーンよりも、人が生きるシーンに感動させられます。

 


"生命の誕生"のメタファー

ライアンが宇宙ステーションに辿り着いたシーン。目を閉じ、身体を丸めて浮遊する様子は胎児のよう。周辺を漂う管もへその緒のように見えます。このシーンは、彼女が再び"産まれる"こと、すなわち、生まれ変わって第二の人生を歩み始めることの示唆のように感じられます。


このシーンを始めとして、本作では"生命の誕生"のメタファーとも言えるようなシーンが多く見られます。宇宙船が地球に降りていく様子は受精、大気圏を抜けていく様子は赤子が産道を抜ける様子、不時着した湖は羊水という具合です(順番は合いませんが)。大気圏で燃え尽きていく分解されたパーツは、受精に至らなかった精子と解釈できるかもしれません。


そしてライアンが辿り着いたのは、"母なる"としばしば形容される"大地"です。彼女は大地にべったりと身体をつけて(母に抱かれて)「ありがとう」と呟きます。そしてエンドロール終盤では"A MI MAMÁ, GRACIAS"と母への感謝の言葉が表示されます。


グラビティ(=重力)

上述のラストシーンで、陸地に這い上がったライアンは、自らの足で立ち上がります。宇宙空間で筋力の落ちた身体で、赤子のように辿々しく立ち上がる様子が、全身に受ける重力を感じさせます。その重力こそが地球に帰還した証であり、喜びなのです。


ここで再び、画面には本作のタイトルである"GRAVITY"が映し出されます。映画の最後にタイトルが大写しになって、こんなに決まる映画はそうそうないでしょう。


しかし、なぜか邦題はゼロ・グラビティ(無重力)。この邦題をつけた人は、この映画を見ずに付けたのでしょうか?こんなに本質を外した邦題もそうそうないでしょう(笑)

 

最後に

今回は映画『ゼロ・グラビティ』の解説&感想でした。映像表現が圧倒的であることは当然として、シンプルながら心を揺さぶるストーリーも素晴らしい快作です。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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