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NHK大河ドラマ『麒麟がくる』解説&感想 明智光秀の半生を描く

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どうも、たきじです。

 

今回はNHK大河ドラマ『麒麟がくる』の解説&感想です。2020年の大河ドラマですが、コロナウィルスによる撮影の中断もあって、2021年に年を跨いでの完結となりました。

 

作品情報

タイトル:麒麟がくる

製作国 :日本

放送期間:2020年1月19日〜2021年2月7日

放送時間:45分

回数  :44回

脚本  :池端俊策

出演  :長谷川博己

     染谷将太

     門脇麦

     堺正章

     岡村隆史

     本木雅弘

     川口春奈

     伊藤英明

     吉田鋼太郎

     眞島秀和

     佐々木蔵之介

     風間俊介

     ユースケ・サンタマリア

     滝藤賢一

     坂東玉三郎

     木村文乃

     尾野真千子

     市川海老蔵(ナレーター)

 

解説&感想(ネタバレあり)

明智光秀を描き切れたか?

毎話楽しく見させてもらったのですが、明智光秀の大河ドラマとして振り返ると、歴史上の人物としての明智光秀の魅力が今ひとつ感じられないまま終わってしまったという印象です。


これはある程度仕方のない面もあります。明智光秀という人物は、織田家の家臣として頭角を表すまではあまり記録が残っていないので、ドラマの中でも、序盤に表舞台で大活躍させるわけにはいきません。一方で、最後には本能寺の変で日本史上に残る大事件を起こすわけですから、そこに至る歴史(特に織田家周辺)はしっかり描く必要があります。


それ故に、前半の光秀(長谷川博己)は美濃から堺まではるばる鉄砲を調達しに行ったり、帰蝶(川口春奈)が嫁ぐ相手として織田信長(染谷将太)が相応しい男か見に行ったりと、パシリのような役回りに終始します。美濃を治める斎藤家のお家騒動や、織田家が台頭していく渦中で、光秀はあちこち動き回るばかりというわけです。


結果的に、強く印象に残るのは、どうしても斎藤道三(本木雅弘)や織田信長ということになってしまいます。道三が土岐頼満に毒を盛るシーンや、信長が自分を毒殺しようとした弟を返り討ちにするシーン、あるいは、斎藤道三との会見に挑む信長のために帰蝶が裏で手を回して鉄砲を調達するシーンのような、記憶に残るシーンに、光秀の姿はないのです。

 

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金華山にあった岐阜城(2012年7月撮影)。斎藤道三の居城で、後に織田信長が居城としました。

 

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天守が建てられたのは織田信長よりも後の時代とみられます(2012年7月撮影)。

 

では後半はどうかというと、こちらもさほど見せ場はなく、織田家の家臣としてなんとなく偉くなっていきます。コロナによる撮影スケジュールの変更によって、脚本の変更もあったのでしょうか?戦のシーンがちゃちいのは仕方ないにしても、丹波攻略くらいはもう少し見せてほしかったところです。


丹波の福知山市なんかは、明智光秀を大河ドラマに誘致していたので、本作の製作決定には歓喜したでしょうが、これを見て少しがっかりしてないかな?


そしてわずか数秒のナレーションで済まされた山崎の戦い。明智光秀という男を描く上では、山崎の戦いから光秀の死までをしっかり描くべきだったと思います。ここはとても残念でした。

 

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光秀は一時、越前で暮らしました。こちらは一乗谷朝倉氏遺跡(2017年4月撮影)。

 

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比叡山焼き討ちで有名な延暦寺(2017年5月撮影)。

 

本能寺の変

一方で、本能寺の変に至る流れは割と丁寧に描かれていました。光秀が本能寺の変を起こした動機を示す史料は残っていないため、これに関しては、朝廷が黒幕だとか、足利将軍が黒幕だとか、いろいろな説が唱えられてきました。明確ではないからこそ、フィクションでは自由に描きやすい部分ということになります。


本作のタイトルの"麒麟"は、穏やかな世になった時に、世を治める王のところに現れるという伝説の霊獣。本作において、光秀はずっと麒麟がくる世を望んでおり、本能寺の変への流れにも、これが根底にあります。


信長と共に大きな国を作れという斎藤道三の言葉を胸に、信長への期待を持って、彼を支えてきた光秀ですが、信長の横暴な振る舞い(女子供も残らず斬れと指示したり、帝に譲位を迫ったり、丹波攻略で光秀が命を助けた敵将を処刑したり…)に、次第に疑念が膨らんでいきます。


そして最後の数話では、周りのみんながこぞって光秀の背中を押します(笑)。信長に謀反を起こした武将として有名な松永久秀(吉田鋼太郎)は、序盤から光秀との繋がりが描かれており、最後には、名物の平蜘蛛と共に光秀に想いを託します。久秀の想いに気付いた光秀はテンション爆上げです(笑)


帝(坂東玉三郎)は神々しいオーラを放ちながら、月へと登ろうとするかのような信長への疑念を口にし、「信長が道を間違えぬよう、しかと見届けよ」と告げます。光秀は帝からの御言葉にすっかり陶酔の表情です。


さらに、妻・煕子(木村文乃)は「麒麟を呼ぶ者があなたであったなら」と言い遺します。家康(風間俊介)は、光秀をわざわざ遠方に呼び出して、信長への不満を告げます。足利義昭(滝藤賢一)は、信長のいる京には戻らないが、光秀のいる京になら喜んで戻ると告げます。そして信長の妻である帰蝶までも「(父・道三なら)信長様に毒を盛る」と言います。


そして、家康の饗応の場で光秀が用意した膳が違うということで、信長が理不尽に叱責。これにとうとう光秀もブチ切れ、信長が登っている"月に向かって延びる木"を「切り倒したる!」と言わんばかりに、鬼の形相でチョップを決めるわけです(笑)


この辺の過程は、なかなか面白く見ることができました。


主要な家臣を前にしての「敵は本能寺」は、自分の中ではさほど盛り上がらなかったのですが、信長の死のシーンはなかなか良かったです。本能寺で死んでいく信長と、炎上する本能寺を見つめる光秀。この2人の思い出のシーンをフラッシュバックで挿入し、2人が"上司と部下"の関係よりもむしろ"友人"であったことを表現するようなシーンになっていました。

 

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織田信長の最後の居城であった安土城跡(2016年12月撮影)。

 

架空の人物の是非

本作で結構話題になったこととして、架空のキャラクターが"大活躍"することがあります。すなわち、著名な医者の設定の東庵(堺正章)と、それに付き添う駒(門脇麦)、旅芸人の一座を率いる伊呂波太夫(尾野真千子)、神出鬼没の農民・菊丸(岡村隆史)です。


いずれも架空のキャラなので、自由に動かせますし、その設定ゆえに全国を渡り歩いても不思議がありません。それゆえに、秀吉、家康、義昭、さらには帝に至るまで、あらゆる重要人物にからみ、彼らとの会話を通じて、彼らの考えていることを吐き出させるという、"便利キャラ"として使われます。


しかし、こういうのはやはり興醒めですね。架空の人物のパートをだらだら見せられるよりは、実在の人物達のエピソードをしっかり見せて欲しいです。歴史を動かしているのは、彼らなのですから。


検索サイトで「麒麟がくる 駒」と打ち込むと、「邪魔」とか「いらない」とかが予測ワードで出てくるので、多くの人がそう感じたのでしょうね。演じた門脇麦さんのことを少し可哀想に思ってしまいますが、彼女は与えられた役をしっかり演じたと思いますので、そのうち朝ドラの主演でもやって報われればいいなと思います。

 

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光秀が築城した福知山城(2014年4月撮影)。二条城の普請において、信長が石仏をも礎石に使う様子を、光秀が物憂げに見つめるシーンがありましたが、こちらの光秀の城でも石仏が石垣に使われています(転用石)。

 

麒麟はどうなる?

本作において、光秀は麒麟がくる世を望んでおり、麒麟を呼ぶために信長を討つことを決意するのは上述の通りです。最終的に光秀が麒麟を呼べないことは歴史を知っていれば分かっているわけですから、物語のオチとして、この"麒麟がくる、こない"というところをどうまとめるのかは、楽しみな点でした。


しかしながら、この点はうやむやなまま終わってしまいました。本能寺の変で、「麒麟がくる世にするぞー」はいいんですが、山崎の戦いで光秀が敗れることで、「麒麟はくるのか?」という状態に戻るわけで、これを放置して終わっちゃだめでしょう。


帝の「世が平らかになるのはいつのことであろう」という最後の台詞で、一応そこに触れてはいますが、言っていることは「麒麟、いつ来るんだろうなー」であって、それで終わるのは雑すぎないですか?


最終的に麒麟を呼ぶ(世を平らかにする)のは徳川家康であることは分かっています。そして本作では光秀と家康を親しく描いており、最終回でも光秀が家康への手紙を菊丸に託すシーンがあります。私はてっきり、光秀の想いを家康が継いで、世を平らかにするということへの言及、あるいはその示唆があって終わるのかと思っていました。そこに、光秀=天海説を匂わせる描写を入れる可能性さえあるのかなと思っていました。


それが、家康の登場シーンは数秒の伊賀越えのシーンで終わってしまいます。一方、光秀は生存の噂があると語られ、現実とも幻とも分からない光秀が馬で駆けるシーンで物語は幕を閉じます。


ちょっと、拍子抜けです。

 

最後に

今回はNHK大河ドラマ『麒麟がくる』の解説&感想でした。明智光秀を魅力的な人物として描ききれていない印象で、明智光秀の大河ドラマとしては、少し薄味だったというのが、正直な感想です。やっぱり本能寺の変から山崎の戦いに至るまでも含めて、濃密に描いてほしかったですね。


大河あるあるかもしれませんけど、このまま続きを見たくなってしまいました。毎週それなりに楽しみにして見ていたので、少し寂しさがあります。


大好きな漫画『へうげもの』でも読んで、安土桃山時代に帰るとしましょうか…(この漫画の明智光秀の最期のシーンが、すごくいいのよ)

 

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