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映画『市民ケーン』解説&感想 映画史に残る画期的な作品

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どうも、たきじです。

 

今回は1941年公開のアメリカ映画『市民ケーン』の解説&感想です。映画史上最高の作品と評されることも多い歴史的な名作ですが、10代の頃に初めて見たときは何がすごいか理解できず、つまらない作品に思えました。


その後、たくさんの映画を見てそれなりに見る目が養われてから本作を見返すと、そのすごさ、面白さに気付かされました。そこで、今回は、本作のすごさを解説しつつ、感想を綴りたいと思います。

 

作品情報

タイトル:市民ケーン

原題  :Citizen Kane

製作年 :1941年

製作国 :アメリカ

監督  :オーソン・ウェルズ

出演  :オーソン・ウェルズ

     ジョゼフ・コットン

     ドロシー・カミンゴア

上映時間:119分

 

解説&感想(ネタバレあり)

画期的なストーリー構成

監督・脚本・主演のオーソン・ウェルズが本作を撮影したは彼が25歳の時。それまでの舞台やラジオドラマでの実績が評価され、RKOに大抜擢されてのことでした。映画監督としての実績のないウェルズは、映画の既成概念にとらわれない柔軟な発想で、多様な表現をたっぷり盛り込んで本作を撮影しています。


誰もが目を見張るのはストーリー構成でしょう。まずケーンの死で幕を開け、その後、ニュース映画を通じてケーンの生涯をダイジェストで紹介。そしてニュース映画会社の取材に対する関係者の回想によって、ケーンの生涯を様々な視点から描いていくのです。


最初にニュース映画によって見せるケーンの生涯は、あくまでも外から見たケーン像に過ぎません。それをケーンに近しい人達の目線で、徐々にケーンの実像を炙り出していきます。しかもストーリーが進むにしたがって、より深くケーンを知る人物が証言することで、確実にケーンの内面へと迫っていくという構成がまた見事です。


フラッシュバックで過去の出来事を描くというのは、過去の作品でも用いられていたと思いますが、ここまで時系列をばらして巧みに構成した作品は本作が初めてと見られ、画期的なものだったことが推測されます。

 


映像表現のテクニック

さて、映像においても、本作は多様な表現で楽しませてくれます。


映画冒頭のシーンから、これでもかと見せつけてきますよね。カットが変わるごとに、カメラがケーンの城に徐々に近づいていきます。スノードームのクローズアップから素早くズームアウトし、口元の極端なクローズアップ。"Rose bud(バラのつぼみ)"の台詞。転げ落ちるスノードーム。スノードームのガラス越しの映像…。目を見張るショットが立て続けに流れていきます。


このオープニングにも見られる、本作で用いられた印象的な映像表現や編集のテクニックについてざっと並べてみましょう。

 

①クローズアップ

対象を画面いっぱいに映すクローズアップ。上述のオープニングのケーンの口元や、タイプライターのショットで用いられています。いずれのショットもかなり極端なクローズアップで、対象に注目を集めます。


②極端な陰影

本作では、人物の顔や体に極端な陰影をつけたショットが印象的です。例えば、冒頭のニュース映画会社のシーンでは、顔の表情がほぼ窺い知れないほどに影がかかっています。その後も、ほとんどのシーンで、取材するトンプソンの顔には影がかかっています。本作において光を浴びる存在はケーン達であって取材者ではないということでしょうか。


とは言え、ケーンを取り巻く人々にも、そして時にはケーン自身にも、極端な陰影がつけられるショットも多々あります。光と影のコントラストの効いた映像は、ケーンの人生の光と影を暗示するようにも見えます。

 


③トラッキングショット

カメラが移動しながら被写体を映すトラッキングショットも印象的に使われています。例えば、スーザンのナイトクラブのシーンの冒頭では、看板やガラスをすり抜けて、カメラがナイトクラブの中に入っていくような映像になっています。また、ラストシーンは、倉庫の中をカメラが宙を舞うように移動し、やがてキーアイテムであるソリを映し出します。


④パンフォーカス

画面の手前から奥まで、全体にピントを合わせるパン・フォーカス。ケーンの両親がサッチャーと話すシーンでは、画面手前に両親とサッチャー、奥にケーン少年という構図で撮られています(ただし、このシーンのケーンの姿はスクリーンプロセスで投影されたものという説もあります)。


他にも、新聞社でタイプライターを打つケーンのずっと奥からリーランドが近づいてくるシーン、自殺未遂をしたスーザンの部屋にケーンが入ってくるシーン、スーザンがケーンの元を去るシーンなど、数々のシーンでパンフォーカスが用いられ、奥行きのある映像を効果的に映し出しています。


⑤動き出す写真

ケーンがライバル紙の記者の集合写真を見るシーンでは、大写しになった写真がそのまま動き出し、ケーンの新聞社で彼らが集合写真を撮るシーンに移行します。ケーンがライバル紙の有能な記者達をごっそり引き抜いたということを、このような凝った表現で描いているわけです。本来、ライバル紙で撮った写真とケーンの新聞社で撮った写真が全く同じ構図になるなんてありえませんが、それは野暮なツッコミでしょうね。

 


⑥モンタージュ

複数のショットを連続的に繋げることで単体のショットにはない意味を持たせることをモンタージュと呼びます。ケーンとエミリーの朝食のシークエンスでは、印象的なモンタージュが使われています。


このシークエンスは、時期の異なる6つのシーンで構成されています。時を重ね、2人の服装や部屋の装飾が豪華になっていく一方で、2人はすれ違っていきます。最後には長いテーブルの端と端に座り、それぞれ無言で新聞を読みます(エミリーが読んでいるのはケーンのライバル紙)。長い年月での2人の関係の変化を2分に凝縮したモンタージュで表現しています。


⑦長回し

本作では、上述のモンタージュのように、短いショットを効果的に繋げるシーンがある一方で、多くのシーンはあまりカットを割らない長回しで撮られています。これにより演劇のような臨場感が演出されています。


⑧ローアングル

低い位置から見上げるようなローアングルのショットが多用され、上から目線のケーンの威圧感が演出されています。これは床に穴を開けてカメラを設置して撮影されたといいます。通常の映画セットにはない天井が映ることで、独特の映像を作り出しています。

 

以上、ここまで本作で用いられている多様な表現をざっと並べてみました。これらのテクニックは、いずれも本作で初めて行われたわけではないと思われますが、本作ではこうしたテクニックをうまく集めて、これまでにない作品に仕上げています。

 

ケーンの人生と"バラのつぼみ"

"ケーンが死の間際につぶやいた"バラのつぼみ"とは何だったのか?"


本作において、ニュース映画会社のトンプソンがケーンの関係者を取材するのは、その真実を探るためでした。劇中語られるように、トンプソンはジグソーパズルのピースを埋めるが如く、ケーンの人生を辿っていきました。しかし、結局"バラのつぼみ"の真実は分からぬまま。最後のピースは欠けたままとなってしまいました。


映画の登場人物の誰一人として、その真実を知ることはなかったわけですが、映画を見る我々だけは、映画の最後でそれを知ることになります。巨大な倉庫にあるケーンの遺品が整理されるシーンです。次々に焼却炉に投げ込まれていく不用品の中に、古い木製のソリがあり、そこに"ROSEBUD"(バラのつぼみ)の文字とイラストが書かれてあるのです。


このソリは、幼少期のケーンが母親と暮らしていた頃に遊んでいたもの。加えて言えば、死の間際に握っていたスノードームも、母親と暮らしていた雪降るロッジを思わせます。スーザンが去った時に、部屋中を破壊したケーンが、このスノードームを握った時に落ち着きを取り戻し、"バラのつぼみ"と呟いたことからも、スノードームと"バラのつぼみ"がつながっていることが理解できます。


つまり、死の間際のケーンが思い巡らせていたのは母親のこと。幼い頃に母親と離れることになり、母親からの愛を受けられなかったケーンが、それを渇望していたことがよく分かります。


母親からの愛だけではありません。ケーンは、2度の結婚に失敗し、妻からの愛も満たされることはありませんでした。政治家を目指して市民からの愛も求めましたが、それも得られませんでした。あらゆるものを手に入れたケーンが唯一手に入れられなかった"愛"。死ぬまでそれを求め続けていたことを象徴するのが、"バラのつぼみ"であったということでしょう。ケーンにとっても、"バラのつぼみ"="愛"が、最後まで欠けたままのピースだったということです。


それはそうと、ネタバラシのあのラストシーン。燃やされているのがソリだということが分かりづらくないですか?幼いケーンがソリを抱えていたことも、注目して見ないと記憶に残らないし。初見ではあのラストシーンが理解できませんでしたよ。


でもあのソリの燃え方、完璧ですよね。表面が徐々に変質し"ROSEBUD"の文字が浮かび上がり、やがてその文字も消えていくのです。


ちなみにこのソリは撮影のために複数作られ、燃やされずに残った1つが競売にかけられました。落札者はスティーヴン・スピルバーグ監督だといいます(後に博物館に寄贈)。

 

ハーストによる妨害

ケーンのモデルは新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハースト。劇中のケーンのような権力者だったわけですから、製作中の本作が自分を侮辱する内容とみるや、劇場に圧力をかけて上映館数を減らしたり、抱き込んだ評論家に映画を酷評させたりと、妨害を行ったといいます。


ハーストの息がかかっていない評論家からは絶賛され、アカデミー賞でも9部門にノミネートされたにも関わらず、結局のところ脚本賞しか受賞できなかったのも、ハーストの圧力の影響があったと推測されます。


現在でこそ映画史上最高の作品と評されることも多い本作ですが、公に手放しで賞賛されるようになったのは、ハースト(1951年没)の死後のことのようです。


ちなみに本作のキーワードである"ROSEBUD"(バラのつぼみ)は、ハーストが愛人のマリオン・デイヴィス(本作のスーザンにあたる人物)の秘部をこのように呼んでいたという噂に因むという話があります。これが事実なら、ハーストが妨害を行ったのも無理はないかも…

 

最後に

今回は映画『市民ケーン』の解説&感想でした。上に述べた画期的なストーリー構成や映像表現のテクニックを意識しながら本作を見ると、また違った感想をお持ちになる人もいるかもしれません。本作のすごさを理解する一助になれば幸いです。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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