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映画『存在のない子供たち』あらすじと感想 レバノンのスラムを描く社会派作品

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どうも、たきじです。

 

今回は映画『存在のない子供たち』の感想です。アラビア語の原題は英語で書くと『Capernaum』で、新約聖書に登場する地名ですが、そこから転じて"混沌"の意味があるとか。

 

 

作品情報

タイトル:存在のない子供たち

原題  :کفرناحوم

製作年 :2018年

製作国 :レバノン

監督  :ナディーン・ラバキー

出演  :ゼイン・アル・ラフィーア

     ヨルダノス・シフェラウ

     ボルワティフ・トレジャー・バンコレ

     カウサル・アル・ハッダード

     ファーディー・カーメル・ユーセフ

     ナディーン・ラバキー

 上映時間:126分

 

あらすじと感想(ネタバレあり)

レバノンのベイルートのスラムに暮らす12歳の少年ゼインは、"僕を産んだ罪"で両親を訴える…


発展途上国のスラムを描いた映画というと、ブラジルのリオデジャネイロを舞台とした『シティ・オブ・ゴッド』や、インドのムンバイを舞台とした『スラムドッグ$ミリオネア』などが思い出されます。スラムの闇を映しながらも娯楽性の高い作品に仕上げられた両作と異なり、本作は社会派作品としての側面が色濃い作品に仕上げられています。


自己の存在証明を持たない子供達、親の責任を果たせない大人達、それを生み出す社会構造を映し出しながら、過酷な状況の中でたくましく生きていくゼインを描きます。


ゼインは家が貧しく、学校にも行けず、働きながら7人の弟妹の面倒を見ています。兄は刑務所に収監中。子供達は両親から労働力としか見られていないかのようで、まともに愛情を受けることはありません。さらにはゼインが可愛がっていた11歳の妹サハルがニワトリと引き換えに嫁に出されたことを知り、ゼインは激怒し、家を出るのです。


家を出たゼインが辿り着いたのは遊園地。そこでゼインが出会ったのはエチオピア人の出稼ぎ労働者ラヒル。彼女は偽造身分証で滞在する不法労働者。密かに産んだ息子のヨナスを育てています。


ゼインはラヒルの仕事中にヨナスの面倒を見る代わりに、彼女の粗末なブリキ小屋に住むことになります。しかし、やがてラヒルの偽造身分証は失効。新たな身分証を手配する金のない彼女は拘束され、ゼインとヨナスだけが取り残されてしまいます。


やがて、ゼインは難民として国を出ようと、身分証を取りに家に戻ります。しかし、両親から告げられたのは、ゼインには出生証明書が存在しないこと、そして、サハルが妊娠により命を落としたことでした。それに激怒したゼインはサハルの夫を刺し、逮捕。やがて、刑務所から両親を訴えるに至るのです。


日本では到底考えられないような、ゼインの壮絶な体験、過酷な状況には、唖然としてしまいます。

 


ゼインはラヒルとヨナスの親子を見て何を思ったでしょうか?自分の親とは違って愛情を持ってヨナスを育てるラヒルに憧れを抱いたでしょうか?いずれにしても、結果としてはヨナスを放置してしまうことになったラヒルは親としての責任を果たしていません。出生証明書のないゼインとヨナス。存在のない2人の子供が取り残されてしまったのです。


刑務所に面会に来たゼインの母親は言います。お腹には新しい子供がいる。その子にサハルと名付ける、と。これにはゼインでなくとも怒りを覚えます。貧困のため、幼いサハルを売り渡す形で嫁にやり、結果的に死に追いやった。その貧困は変わらないにも関わらずまた子供を作り、あろうことかサハルと名付けようとしているのですから。


裁判でゼインは言います。


「育てられないなら産むな」


曲がりなりにも愛情を持って弟妹達やヨナスの面倒を見ていたゼインが言うからこそ説得力を持ちます。


親の責任を果たせない大人達。それを生む貧困、ひいては社会構造。映画の中では、その根本的な問題に対し、おぼろげな希望さえも見えません。それでも、ラヒルとヨナスは無事に再会し、ゼインは身分証の写真撮影で屈託のない笑顔を見せるというラストは、暗い現実の中でのささやかなハッピーエンドとも言えます。

 


本作は力を持った社会派作品であり、いい映画であることは間違いないでしょう。そして、上述の通り、ささやかなハッピーエンドで幕を閉じます。


それなのに、満足感よりも後味の悪さというか、ずっしりと心にのしかかるこの感覚は何でしょう?


おそらくは、これが現在進行形で現実に起きていることと理解していても、遠い国で起こっていることと、どこか他人事として片付けてしまう自分がいるから。おそらくは、本作を見て感動したり、衝撃を受けたりする人々も、多くが何か行動を起こすわけでもないことを知っているから。


こういう作品を見ると、2004年公開の映画『ホテル・ルワンダ』のある台詞を思い出します。ルワンダで起きた虐殺の映像を見たルワンダ人の男が言います。「この映像を見た世界の人々が、きっと手を差し伸べてくれる。」しかし、それに対してホアキン・フェニックス演じる外国人カメラマンは言います。


「この映像を見た世界の人々は『怖いね』と言うだけで、すぐにディナーを続ける」


そういう人にはなりたくないのだけれど。

 

最後に

今回は映画『存在のない子供たち』の感想でした。過酷な状況の中でたくましく生きていくゼインの姿を通じて、スラムの厳しい現実を突きつける社会派作品でした。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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