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映画『アメリカン・ビューティー』長文解説 今の時代にあえて評価したい

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どうも、たきじです。

 

今回は1999年のアメリカ映画『アメリカン・ビューティー』の解説です。

 

 

作品情報

タイトル:アメリカン・ビューティー

原題  :American Beauty

製作年 :1999年

製作国 :アメリカ

監督  :サム・メンデス

出演  :ケヴィン・スペイシー
     アネット・ベニング
     ソーラ・バーチ
     ウェス・ベントリー
     ミーナ・スヴァーリ
     ピーター・ギャラガー
     アリソン・ジャネイ
     クリス・クーパー

上映時間:122分

 

解説(ネタバレあり)

中流階級の一家の崩壊を描くブラックコメディ

マリファナ、不倫、銃、同性愛への嫌悪——。『アメリカン・ビューティー』は、こうしたアメリカの社会問題を巧みに織り交ぜながら、バーナム家の家庭崩壊を通して、アメリカの中流階級の人々を風刺したブラックコメディです。

 

アメリカ社会をシニカルに見つめる本作を監督したのはイギリス人のサム・メンデス。本作が映画監督デビュー作ながら、アカデミー監督賞を受賞しています。

 

さらに、本作は作品賞、主演男優賞(ケヴィン・スペイシー)、脚本賞、撮影賞と、アカデミー賞で5部門を受賞するなど、高い評価を受けた作品です。

 

幸福とは何か

作品のテーマ、キャラクターの内面描写、キャラクター同士が精緻に絡み合うストーリー展開、印象的な台詞の数々——。あまりに隙のない秀逸な脚本には、ただただ感心させられます。学生時代、この脚本に惚れ込んだ私は、英語の勉強も兼ねてスクリプト本を購入したことを思い出します。

 

上述の通り、本作はバーナム家の家庭崩壊を通して、中流階級の人々を風刺しています。郊外に暮らす典型的な中流階級のバーナム家。中年の危機に陥ったレスター(ケヴィン・スペイシー)は、仕事は退屈、家では妻キャロリン(アネット・ベニング)に冷たくあしらわれ、思春期の娘ジェーン(ソーラ・バーチ)とも距離があります。一方、キャロリンは物質的な豊かさに執着。完璧な妻・母・ビジネスウーマンを演じていますが、夫や娘との関係は崩壊しています。表面上は幸せそうな家族が実は崩壊寸前です。

 

郊外に暮らす中流階級の空虚感、物質主義による幸福や伝統的な家族像の崩壊。そんな社会の歪みを描きながら、本作は、「幸福とは何か?」という問いを我々に投げかけます。

 

キャラクターの内面描写が生むドラマ

抑圧された生活を送っていたレスターは、娘の友人アンジェラ(ミーナ・スヴァーリ)に心奪われた瞬間から変化し始めます。そして、隣人で娘のクラスメイトのリッキー(ウェス・ベントリー)との出会いが、その変化をさらに加速させます。

 

レスターは仕事を辞め、マリファナを吸い、体を鍛え、ファストフード店でアルバイトを始めます。まるでティーンエイジャーに戻ったかのようなレスター。それは「夫」や「父親」であることの放棄でもあります。レスターは「自由」に幸福を見出したのです。

 

しかし、レスターが心奪われたアンジェラが、実は経験のない少女だったと知った瞬間、彼は「父親」に戻ります。レスターはアンジェラに手を出すことなく、ただ穏やかに微笑みます。そして、満ち足りた表情で家族の写真を見つめるのです。

 

この時、レスターはついに、何にもとらわれずに「ありのままの世界」を見ることができたのかもしれません。そしてそこで彼が目にしたのは「美」でした。日常の中の美しさに気付き、そこに幸福を見出したその瞬間、皮肉にも彼の人生は終わりを迎えます。

 

一方、キャロリンは「成功」に幸福を見出そうとします。見せかけの美しさで家庭を覆い、完璧な自分を演じながらも、家庭も仕事もうまくいかない。その結果、彼女は不倫に走ります。やがて、銃を手にしてレスターを殺すことを考えます。しかし、すでに生き絶えていたレスターを前に、キャロリンはクローゼットに掛かったレスターの服を抱きしめて涙します。かつて愛していた男の死。それに直面した時、完璧を演じていた自分、成功を求めて強がっていた自分が崩れ去り、喪失感や後悔に苛まれるのです。

 

キャラクターが精緻に絡み合い展開するストーリー

こうしてキャラクターの内面を描き込むと同時に、キャラクター同士が精緻に絡み合いながら展開していくストーリーはあまりに見事です。

 

上述の通り、レスターはアンジェラの存在をきっかけとして変化し始めます。そしてその変化がキャロリンの苛立ちや葛藤を増幅させ、家庭内の緊張が高まることでジェーンにも影響を与えます。

 

バーナム家がそのように変化していく中で、効いてくるのがリッキーの存在。リッキーの存在はレスターの変化を促すだけでなく、ジェーンとの関係を通じて彼女の内面にも大きな変化をもたらします。ジェーンがリッキーに惹かれ、彼との関係を深めることで、アンジェラとの関係にも変化が生じ、彼女への憧れやコンプレックスから次第に解放されていきます。その結果、アンジェラの虚勢が剥がれ、本当の姿が浮かび上がる展開へとつながります。そして、この展開が、レスターとの関係の結末へと見事に繋がるのです。

 

さらに、リッキーとフィッツ大佐(クリス・クーパー)の歪んだ親子関係は、最終的にレスターの運命を決定づける要因となります。フィッツ大佐の抑圧された感情が誤解を生み、レスターの死という悲劇へと結びついていきます。

 

このように、それぞれのキャラクターの存在が連鎖的に影響し合い、物語全体を動かしているのです。個々のキャラクターが単なるストーリーの駒ではなく、それぞれの変化や行動が絡み合うことで、必然的に物語が展開していきます。こうした精密な構造が、映画全体に奥行きとリアリティを与えるのです。

 

同時に、本作は冒頭でレスターの死が提示されており、「誰がレスターを殺すのか?」というサスペンスも組み込まれています。キャロリン、ジェーン、リッキーに動機を持たせて緊張感を高め、当初は何の動機も無さそうだったフィッツ大佐がそれを実行するという急展開も見事です。

 

コメディとしての面白さ

キャラクターの内面を描き込んだドラマが見どころの本作ですが、コメディとしての面白さも忘れてはなりません。シリアスなテーマを扱いながらも、皮肉やユーモアを交えた脚本が絶妙で、観客を飽きさせません。

 

例えば、レスターがベッドで“ひとりの時間”を楽しんでいる最中にキャロリンに見つかるシーンや、夕食の席での口論などの夫婦喧嘩シーンは、2人のキャラクターを際立たせると同時に、ブラックユーモアも効いていて、思わず笑ってしまいます。オーバーアクションでヒステリックに振る舞うキャロリンと、冷静に受け流しつつも皮肉を交えるレスターの掛け合いが最高です。これは2人の演技の賜物ですね。

 

一方、また違った面白さを提供してくれるのが、フィッツ大佐がレスターを同性愛者だと誤解する一連の流れです。

 

映画中盤、フィッツ大佐は、隣人のゲイのカップルと共にジョギングするレスターと出会います。さらに、リッキーが撮影した映像には半裸でトレーニングするレスターの姿が収められており、それを目にしたフィッツ大佐の誤解を強めることになります。

 

こうして、フィッツ大佐が誤解する種を仕込んだ上で、リッキーがレスターにマリファナを売る場面。窓越しにその様子を目撃したフィッツ大佐は、レスターがリッキーに金を渡す瞬間を見てしまいます。さらに、彼の視点からは、リッキーがレスターに“何かの行為”をしているように見え、完全に誤解してしまうのです。

 

そして、ガレージで対峙するレスターとフィッツ大佐。妻が他人と寝ていても全く気にしていない様子のレスター。彼は「見せかけの夫婦だ」と付け加えます。さらに、雨でびしょ濡れのフィッツ大佐を見て、「濡れたシャツを脱げ」と言うのです。

 

レスターの意図と大佐の受け止め方がすべてズレる一連の流れは、シリアスな空気を保ちつつも、"すれ違いコント"のような滑稽さが生まれています。そして、この誤解が物語の衝撃的な結末へとつながっていくのです。つくづく見事な脚本です。

 

テーマを強調する映像表現

アカデミー撮影賞を受賞したコンラッド・L・ホールによる映像は、単に美しいというだけでなく、本作のテーマをより際立たせています。

 

例えば、バーナム家の食卓のシーンでは、固定カメラでの直線的な構図やシンメトリーな画作りがなされており、「完璧に整えられた家庭」の見せかけの美しさを象徴しています。それに対し、リッキーが撮影する手持ちカメラの映像は、飾ることのない「ありのままの世界」、「日常の美」を映し出します。このような「美」対比も、本作のテーマを際立たせています。

 

また、本作において極めて象徴的に画面に映し出されるのが「赤」という色。キャロリンが育てている薔薇、バーナム家の玄関のドア、キャロリンの服に見られる赤は、完璧を求めるキャロリンの情熱、あるいは見せかけの美しさを象徴するものかもしれません(上述の食卓にも赤い薔薇が飾られています)。また、レスターの妄想の中に現れる薔薇の花びらも赤。これは、レスターが見惚れる「美」や、彼自身の欲望を象徴します。そして、最後に流れる血の赤は「死」の象徴として強烈な印象を残します。

 

情熱や欲望に象徴される「生」、その対極の「死」、あるいは「美しさ」と「儚さ」。映画のテーマにも通じる要素が、「赤」によって視覚的にまとめられています。

 

ちなみに、本作のタイトルの「アメリカン・ビューティー」は、文字通り本作のテーマである「美」を指すと同時に、薔薇の品種名でもあります。

 

印象的な台詞の数々

本作には記憶に残る台詞が数多く登場します。特に、レスターのモノローグや、リッキーの独特な感性が表れた言葉は、本作のテーマを象徴するものとして強く印象に残ります。

 

"1年たたぬうちに僕は死ぬ"

I am 42 years old; in less than a year I will be dead.

僕は今42歳。1年たたぬうちに僕は死ぬ。

 

Of course I don't know that yet.

もちろんそんなこと、今は知らない。

 

And in a way, I am dead already.

そしてある意味では、僕はもう死んでた。

 

映画冒頭、レスターのモノローグで物語が幕を開けます。自身の死を回想するかのようなナレーションは、『サンセット大通り』を彷彿とさせます。「ある意味ではもう死んでた」という自虐的な言葉が、観客の興味を引きつける印象的な導入です。

 

"今日は残りの人生の最初の日"

Remember those posters that said, “Today is the first day of the rest of your life”?

「今日は残りの人生の最初の日」ってポスターを覚えてるかい?

 

Well, that’s true of every day except one, the day you die.

その例外が1日だけある。自分が死ぬ日だ。

 

人生の前向きなメッセージを皮肉たっぷりに裏返すレスターのモノローグ。ユーモア溢れる台詞であるとともに、クライマックスに向けて物語が動き出す高揚が感じられる印象的な台詞です。

 

"人生のすべての瞬間に対する、感謝の念だけが残る"

I guess I could be pretty pissed off about what happened to me.

こんなことになって、怒ってもおかしくないだろうけど。

 

but it’s hard to stay mad, when there’s so much beauty in the world.

でも、こんなにも美しいものが溢れる世界で、怒り続けるのは難しい。

 

Sometimes I feel like I’m seeing it all at once, and it’s too much.

時々、そのすべてが一度に見える気がして、圧倒されそうになる。

 

My heart fills up like a balloon that’s about to burst.

僕のハートは風船みたいに膨らんで、今にも破裂しそうになる。

 

And then I remember to relax, and stop trying to hold on to it.

そういう時は思い出すんだ。力を抜いて、無理に掴もうとしなければいいって。

 

And then it flows through me like rain and I can’t feel anything but gratitude for every single moment of my stupid little life.

すると、それは雨みたいに体を流れて、僕はただ、僕のくだらないちっぽけな人生のすべての瞬間に対する、感謝の念だけが残る。

 

You have no idea what I’m talking about, I’m sure.

君には今はまだ、僕が言ってることは分からないだろう。

 

But don’t worry.

でも心配しないで。

 

you will someday.

いつか分かる日が来る。

 

映画の最後を締めるのは、すべてを悟ったレスターによるモノローグ。日常に溢れる美に気づき、それをすべて掴みとることに執着せずに受け入れる。そんな境地に達したレスターの言葉が、深い余韻を残します。

 

"神様を見返すことができる"

It’s like God is looking right at you, just for a second, and if you’re careful, you can look right back.

それはまるで、神様が一瞬だけ自分を見つめてくれるみたいで。そして、注意を払えば…神様を見返すことができる。

(ジェーンの「それで、何が見えるの?」という問いに対し)

Beauty.

"美"さ。

 

リッキーがジェーンに、凍死したホームレスを見て感動したという話をするシーンの台詞。彼の独特な感性と人生観が表れた象徴的な台詞です。「美」は、単なる見た目ではなく、感じ取るもの。リッキーの感性を通して、本作が描く「美」の概念が浮かび上がります。

 

"否認の力は侮れない"

My dad thinks I pay for all this with catering jobs.

父さんは、僕がケータリングのバイト代でこれを全部買ってると思ってる。

 

Never underestimate the power of denial.

否認の力を侮っちゃいけないよ。

 

リッキーが父親について語る皮肉めいた台詞です。達観しているリッキーを描写しつつ、(自らの性的指向を含め)都合の悪い現実を直視しないフィッツ大佐の複雑さを炙り出します。この言葉は、フィッツ大佐のみならず、家庭崩壊を直視しないキャロリンや、虚勢を張るアンジェラなど、他のキャラクターにも通じるところがあります。

 

ハイレベルなキャスト陣

本作でアカデミー主演男優賞を受賞したのはケヴィン・スペイシー。彼の演技がレスター・バーナムというキャラクターを魅力的なものにしているのは間違いありません。彼の演技は、コミカルな場面とシリアスな場面の緩急が絶妙です。クライマックスで"父親"に戻ったレスターがジェーンの幸せを知ったときに見せる笑顔は、観る者の胸を打ちます。

 

キャロリンを演じたアネット・ベニングもまた素晴らしく、アカデミー主演女優賞にノミネートされています。彼女のコメディセンス、台詞回し、表情の一つひとつが作品を支えています。

 

個人的に好きなのは、フィッツ大佐を演じたクリス・クーパー。自分に素直に生きられない男の悲哀が見事に表現された名演で、強い存在感を放っています。息子を殴った直後に動揺する様子や、レスターに拒まれた際の表情など、彼の繊細な演技が印象的でした。

 

若手俳優陣もそれぞれ素晴らしく、その後のキャリアがあまり飛躍しなかったことが不思議に思えるほどです。アンジェラ役のミーナ・スヴァーリは特別な魅力を放っており、終盤の繊細な演技も印象的。ジェーン役のソーラ・バーチとリッキー役のウェス・ベントリーも、複雑なティーンの感情を丁寧に表現しており、2人の会話のやり取りが印象深く残ります。

 

公開当時からの時代背景の変化

映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』の記事でも触れましたが、時代の流れや社会の変化によって、作品の見え方が変わってくることがあります。本作のように、その時代を色濃く映し出した作品ほど、その傾向は顕著です。

 

本作が公開された1990年代後半のアメリカは、経済的には繁栄し、クリントン政権下でITバブルが膨らみ、多くの中流階級が豊かさを享受した時代。そんな時代にあって、「表面上は幸せそうな郊外の家族」が実は崩壊寸前であるという設定に面白さがありました。また、退屈な郊外の生活にうんざりした中年男性が目覚めるという展開は、共感を集めやすいものでした。

 

しかし現代では、郊外の中流階級は当時に比べて経済的に安泰ではなくなっています。2008年のリーマン・ショックや、近年のインフレ、格差拡大により、「郊外の生活の空虚さ」といった悩みが、贅沢な悩みに見られがちです。また、家父長的な家庭の崩壊という構図も、多様な家族観が受け入れられている現在ではセンセーショナルなものではなくなっています。

 

さらに、本作は、キャリア志向の女性やゲイのカップルに対してシニカルな目線を含んでいるようにも見え、この点も現代の価値観にはそぐわないでしょう。LGBTであることを伏せて暮らすフィッツ大佐のキャラクターも、現代の感覚ではややステレオタイプにも見えるかもしれません。

 

そしてもう一つ、大きな点は、2017年に明るみに出たケヴィン・スペイシーのスキャンダル。彼の出演作自体が色眼鏡で見られるようになったことに加え、「中年男性が未成年の少女に執着する」という本作のストーリーが生々しく感じられてしまうのも、残念なことに本作の見え方に影響を及ぼしています。

 

最後に

今回は映画『アメリカン・ビューティー』の解説でした。上述の通り、本作の一部の要素は時代の変化によって見え方が変わり、観る者にネガティブな印象を与えてしまうことも事実でしょう。それでも、隙のない秀逸な脚本を始めとして、素晴らしい映像表現やキャスト陣のハイレベルな演技など、普遍的な要素は今なお評価に値します。本作が大好きな私としては、今の時代にあえて評価したい名作です。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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